「“おかき” その1」で“おかき”の正体はわかっていただけたと思いますが、“おかき”はこんな場合にも大活躍します。

まずは洗濯日。
(以前、舞台衣装の中には、公演期間中にも洗濯するものがある…とお話しましたね。)

例えば……
男役さんのYシャツ。
同じものが何枚、何十枚もあったりします。

洗濯&アイロンが終わり、衣装部にずら~っと並べてあるたくさんのYシャツから、自分のものを瞬時にわからせてくれるのが“おかき”。


それからよくあるのが落し物。

例えば……
下手の衣装部から、ホリゾントを通って上手の早替り室に衣装を運ぶ時。
衣装や小道具やオカモチなど色々と持っているから、何か落としてしまう…

誰かが拾ってくれ、“おかき”を見て、落とし主の元へ。
“おかき”は、名札本来の役割を発揮するということです。



公演が終わった後も、“おかき”を取らない衣装がたくさんあります。
それは、その衣装のデータとして必要だから。

宝塚では、一度使用した衣装を、別の公演で使うことがあります。
つまり、誰かが着た衣装を、他の誰かが着るということ。

例えば……
以前花組で使ったタキシード30着を、月組で使うとします。
全部同じデザイン。だけどサイズは少しずつ違う。

さて、誰がどれを着るか…
その時、目安となるのが“おかき”。

“おかき”を見れば、それを着た生徒がわかります。
その衣装のサイズが、おのずとわかるということなのです。

“おかき”を参考に衣装が決まりますが、そっくりそのままぴったりな場合もあれば、「丈を少し出す」「ウエストを少し詰める」などの若干のお直しが必要な場合も多々あります。

お直しも済み、やがて、花組の生徒の“おかき”の上に、月組の生徒の“おかき”が縫い付けられました。
そうやって、その衣装を着た歴代生徒の“おかき”が、どんどん重ねられてゆくのです。


こんなことがありました。

『遙かなる旅路の果てに』の衣装を合わせに、娘役数名で衣装部さんへ行きました。
合わせるのはキレイなドレスではなく、『ベルサイユのばら』で例えるならば「市民」的な、長めのワンピース。

「この中から、自分に合うの、探して~」と衣装部さん。

山のように詰まれた何十枚もある衣装。
どれも以前使用された衣装であり、デザインや色はすべて違う…。
セール品を漁るように(?)みんな探し始めます。

その中に見慣れたものが。
それは数年前、『テンダー・グリーン』のエピローグで私自身が着た衣装。

“おかき”を見ると「桜木」の“おかき”が一枚だけ。
つまりこの衣装は、その後、誰も着ていないということ。
ちなみに『テンダー・グリーン』の時、新調(私のサイズで新しく作られた衣装)でした。

私サイズの衣装。お直しする必要なし。
もう、これしかないじゃん…

「私、コレにします!」と言うと、衣装部さんは「えっ? 本当に前と同じのでいいの? 違うのにしたら?」と。
どうやら普通、「一度着た衣装より違う衣装」を好むらしいです。
作品が変わるのだから衣装も替えたい……気分転換みたいなものかな?

でも、一度着ると、愛着がわくものです。
衣装に、思い出が沁み込んでいる気がして…。

結局その衣装は「桜木」の“おかき”が2枚重ねられることになりました。

“おかき”は、ただの白いちっこい布のくせして、汗や涙、歴史までも知っているのかもね…